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転職先はブラック企業第58話「ブラック企業社員のお正月」

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僕は冬の中、池袋を歩いていた。1月1日の早朝。あけましておめでとうございます、と朝まで飲んだ酔っぱらいが天に向かって叫んでいる。

 

さすがにこの日は仕事はない……と言いたかったが、正月前後のTODOリストの共有を促され、仕方なく作業日程を組んだ。こんなときでもタスクはあるのだ。

 

この前、ある不動産会社の社員の採用ページがあった。俺たち4人合わせて年収8000万。すごいキャッチだ。僕はこんなにストレートで力強いコピーを見たことがなかった。コピーがすごいというよりも、すごさはその事実、インパクトの大きさにある。

 

 

ここまで物欲があるのって、ある意味正しいというか、健全なわがままをして生きてこれたのかなあと思う。欲しいものをほしいと言える、健全でパワフルな欲求。しかし、ここまでストレートな表現を見ると、刺激を受けざるをえない。

 

ヨレヨレのスーツでまあいいか、と思っていたけれども、やっぱり良いスーツを着たい。我武者羅に働いている中で、時間をたくさん費やしている分きちんと学ばねばいけない。そして、ちゃんと自分の市場価値を高めないといけないと思う。

 

僕のスーツは10,000円だ。

 

とてつもなく安い、中国製のスーツ。大手のスーパーで、リクルートスーツとして買った。それから4年が経つが、未だに着ている。

 

品質はお世辞にも良いとは言えない。表面には妙なてかりがあり、撫でると化学繊維のざらつきを感じる。シャツも同様に粗末である。スーパーのまとめ買いセールで買った、プライベートブランドのシャツ。

 

アームホールがすっきりしておらず、脇に無駄なだぶつきがある。相当な回数、洗濯されているから、アイロンをかけてもまっすぐ伸びない。

 

そうしたスーツやシャツからは、どことなく隙を感じる。動くと贅肉のように、服がだぼついて見える。

 

クライアントも、このスーツを見て同じことを思うのだろうか。

 

僕はこのスーツに少々うんざりしていたが、特段買い換えるモチベーションはなかった。消極的な理由で、この服を選んでいた。

 

通勤中、ふと見ると、サカゼンのつり革広告が見えた。アルマーニのスーツだ。僕のスーツの20倍。ものすごく高額な、ブランドのスーツだった。

 

8000万の記事を見たこともあり、高級品のイメージは僕の物欲に刺さった。

 

出来る人はやはり良いスーツを選ぶし、良いスーツを選ぶ人は出来る人の方が多い。パリっとしたスーツを着ている人は、大抵仕事ができる。(ブラック企業の社員は仕事はできるのにグチャグチャのスーツだったりするが、それは疲れてソファに倒れてしまったからだ。断じて仕事ができないわけではない)

 

しかし、できる、稼げるビジネスマンにならなければ、高級スーツは似合わない。僕のように稼げない身ならば、高級品は似合わない。

 

しかし、自分がいっぱしになる覚悟と目標が決まったら、しょうもないスーツを全て捨てて、高級なスーツと上質なシャツにそっくり買い換えようと思っている。

 

靴下もシューズも、ベルトも捨てよう。コートも捨てよう。全て捨てて、生まれ変わったように仕事をしよう。

 

大量に作られて大量に捨てられていく、大量生産品のような人生で終わりたくはない。

 

僕はサカゼンの初売りセールに1番乗りで駆け込み、イタリア製のダブルの青いスーツを買った。10万円のスーツが4万円。アルマーニのスーツは今の僕には買えないけど、僕なりに、仕事を頑張っていこうという心機一転の思いを込めた。

 

そうでもしないと、やっていられないのだ。新しいスーツは僕が仕事を何とか続けるためにすがる蜘蛛の糸のようなものだった。

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