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転職先はブラック企業第57話「労働基準監督署に行ってみた」

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エレベーターを上がって、「労働相談はこちら」のエントランスを入っていく。土日なので、ほとんど人がいない。受付にはおじいさんが一人。声をかける。残業代未払いなのですが、どうすればいいですか。

 

じいさんはちょっと待って下さいねというと、僕をパーテーションで区切られた応接間のようなところに通してくれた。それからパンフレットをいくつか持ってくる

 

「労働時間は週に40時間まで」

 

僕は小さく笑った。ゆうに、週100時間は働いているのだ。

 

僕はもう、これ以上長く働けないということを理解していた。そんな僕の落とし所は「未払いの残業代を全て回収すること」に決めた。そうすれば、僕の年収はおびただしい残業量によって1.5倍~2倍にブチ上がるのだ。垂直跳びだ。昇竜拳だ。

 

僕はその望みを込めて、今までの労働状況を全て話した。毎日会社のソファに寝て、朝9時から朝の5時まで働き、ほとんど帰れないこと。社長による暴力がしばしばあること。土日に休もうとすると、無断欠勤にするぞと脅されること。残業代が一円も出ないこと。

 

ここまで話したら、労基署も納得してくれるだろう。そう確信して、僕はジイサンの顔を見た。

 

しかし、会社と戦うことを決めた僕に、労基署のジイサンはふざけたことを言い始めた。「でも、IT業界ってこういうこと、たくさんありますからねえ。どこも大変なんでしょ?」と。

 

はあ、と僕。私達も調査しようとは思うんですけどねえ、どうも追いつかないんですよねえ、とジイサン。僕は早くも、労基署を頼りにしようとしたことを後悔し始めた。

 

せっかく来たのに何もしてくれないんですか?と言いそうになるのをこらえて、

 

「では、僕は何をすれば、会社の労働環境を是正できるのでしょうか?」

 

と、理性的に言い直した。ジイサンはそうですねえと言って、またパンフレットを持ってきてくれた。見ると、請求書みたいなわら半紙の書式。

 

「これに未払いの請求金額を書いて、提出してください。そうすれば、会社も対応してくれると思います」

 

本当だろうか。ここまでブラックな会社なのに、こんなもので対応してくれるのだろうか。僕は訝しげにわら半紙を見つめた。武器がこんな紙っぺらとは、心もとないものだ。

 

「ありがとうございます。ちなみに、うちの会社には監査が入るのでしょうか。労働条件は改善されるのでしょうか」

 

「それは……そうですね、担当を呼びましょうかね」

 

ジイサンはそういって離席した。それから、労働基準監督官のプレートをつけた30代後半くらいの男性がやってきた。

 

「正直申し上げて、監査が入るかはわかりません。労働基準監督署では、監査に入る会社を毎回会議して決めます。一応議題にあげることはできますが、正直、むずかしいと思いますね。大企業ならまだしも……」

 

「大企業だったら、監査に入ってもらえるんですか」

 

「一概にはいえませんよ。でも、やっぱり小さな会社って、それだけブラックな働き方になりがちですよね」

 

僕は労基署を出た。こんな、わけのわからない仕事を毎日やって、労基法なんて完全に無視しているような会社でも、労基署は動いてくれない。

 

僕は絶望した。暗い気持ちのまま山手線に乗り、オフィスを目指した。残っているタスクをやるために。

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