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もちもち動物園

宮崎移住しました。ブラック企業ネタ、転職(第二新卒)のコツやノウハウ、マーケティング、ラーメンについて書きます。

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論理的思考は「スキル」ではなく「共通言語」


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就活だと特にそうなんですけど、やたらと論理的思考って社会で求められる気がします。


転職をしていて、面接中もよく「君は論理的だねえ」みたいな話になったりもするし、適性検査も論理的思考を問うようなものが多い。


で、実際そんなに論理的思考って必要なの?みたいな声もよく聞くのですが、結論、出ました。


論理的思考は絶対必要です。

超重要です。

無視したら死にます。


なぜかというと、


「論理的思考とは、一種の共通言語であるから」

です。

 

論理的思考というのは、もはやビジネススキルとかそういうレベルではなくて、もっと大事なんじゃないか。

もはや、言語レベルくらい大事なんじゃないかな、というのが最近の考えです。


すごく端的に言うと、論理的思考ができていないと、共通の言葉をしゃべれないと同じなんじゃないかって話です。


論理的に考えない上司を見て「これは駄目だ」と思った


僕は今の会社で人事をやっています。

その中でめちゃくちゃ重要なのが、おなじみ「採用業務」。


採用っていうのは目標人数(営業で言うノルマがこれ)が決まっていて、それを達成するために学校を回ったり、ビッグサイトみたいなところでやるイベントにブースを出したり、リクナビに記事を出したりします。


さて、ここで成果を出すためにはどうすれば良いでしょうか。


一般的には、「ひとつの施策における流入数」×「内定率」=「ひとつの施策における内定数」と考えられるので、


イベントの流入数×内定率=10人

リクナビの流入数×内定率=30人

とか出せるわけなんですよね。


で、今年はノルマが上がって、更にイベントから5人とらなくちゃならないんだとしたら、「イベントブースの着席率」とか「ビラ配布数」とか、更に細かい数字を見て、それらを増やしていけばいいだけ。


ここまで、人事をやらなくてもわかる話です。


会社では上記のような効果測定が全く行われていなかったので、提案しに言ったんですね。


しかし、上司に提案したところ、


「そんなの気にしたってどうにもならないじゃん」とか「数字なんて机上の空論」とか平気で言いやがるわけですよ。

で、ひたすら学校訪問だけしてるわけですよ。効果も上がらないのに。


挙句、「お前は数字しか見ていない」「温かい心で接すれば候補者は集まってくる」とか、精神論まで展開してくる。


まじで、ありえない……


いや、元からちゃんとデータをとった結果、学校訪問が一番効率いいね、みたいな話になったなら、それで良いんです。


でもなんにも考えずに「数字は悪!」「心で感じろ!」みたいに言ってくる人とは、もうこの時点で会話ができていないです。

脳みそ筋肉なんですか?むしろ何も入ってないんじゃないですか?って煽りたくてたまりません……。


単純な言葉の違いなんて、どうにでもなる


最近の自分は宮崎の田舎に移住したんですけど、当然言葉が違うわけです。

 

具体例を挙げると、

よだきい=面倒臭い

ひんだれた=ひどく疲れた 

みたいな形で。全然違うんですね。

 

聞きなれない言葉ばかりだから、いちいち確認しないとコミュニケーションが取れないんです。


でも、不思議なことに、ロジカルな人と話すと、なまっていても、そんなに苦労しないんですよね。

 

言葉がなまっているのなんて、所詮単語レベルの相違であって、

一個一個の意味を理解できればなんの問題もない。


むしろ、標準語で話していても、感覚的に話す人の方がやりづらい。

 論理的でなければ、会話の中で寄り添っていけないいんです。

 

論理的思考は、会話の中で、双方が同じ方向を向くのに必要。特にビジネスでは。

 

会社の中で働くならば、当然一人ではないので、周囲の人々とコミュニケーションする機会は津波の如く押し寄せてきます。


そんな時、脳みそ筋肉みたいな対応をしていたら、まとまる話もまとまりません。


同じ方向を向くためにも、論理的思考は無碍にせずにいきたいですね。